憂うつで気持ちが落ち込んだり、やる気がなくなったり、悲しい、希望が持てないといった感情は抑うつ気分と言います。涙もろくなり、傍から見て暗く沈んだ表情や力のない口調なども特徴的です。
家族や友人など親しい人の死や病気など、悲しい出来事はもちろんのこと、場合によっては、昇進や結婚、子供の独立など喜ばしい人生の転機も、環境の変化がストレスとなって抑うつ気分を引き起こすことがあります。
それでは、気分の落ち込みがあれば「うつ病」なのでしょうか?
うつ病の診断は、DSM-5と呼ばれる米国精神医学会の診断基準に基づいて判断されることが一般的です。それでは、まず診断基準を見てみましょう。
以下の症状のうち、少なくとも1つある。
1.抑うつ気分
2.興味または喜びの喪失
さらに以下の症状をあわせて、合計5つ以上を認める。
3.食欲の減退または増加、体重減少または増加
4.不眠、または過眠
5.精神運動の焦燥または制止
6.疲労感、または気力の減退
7.無価値感または過剰・不適切な罪責感
8.思考力や集中力の減退、または決断困難
9.死についての反復思考、自殺念慮、自殺企図
上記症状がほとんど1日中、ほとんど毎日、2週間にわたって存在する。症状のために著しい苦痛または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能障害を引き起こしている。これらの症状は身体疾患や物質依存では説明できない。
うつ病と診断する上で重要な点は、次の3つです。
第1に症状が重いこと。抑うつ気分が一日中続き、気分だけでなく体の不調を伴います。
第2に期間が長いこと。2週間以上にわたって抑うつ気分が続きます。
第3に社会的問題を伴うこと。症状のため学業や仕事に支障が生じます。
うつ症状が重くなっていく過程について詳しく説明します。 最初は、気持ちの焦りが続き、日中も落ち着きなく、そわそわ動くことが止められなくなります。睡眠リズムが乱れることも多く、布団に入っても何時間も寝付くことが出来なくなり、寝てもすぐに起きてしまう症状が起こります。朝早くから目が覚めて、再び寝られなくなる症状も特徴的です。
焦って頭ばかり興奮し、同じことをグルグル考えて、睡眠が取れない状況が続くにつれて、脳機能が低下します。頭が回りにくくなった、考えがまとまらない、決められない、本を読んでも文字が頭に入りづらいなどの症状を自覚するようになります。認知症になったのではないかと感じたりします。
脳疲労が蓄積するに伴って、次第に何をするのも億劫に感じ、疲れやすいと感じるようになります。周りからみても動きが減り、会話も少なくなります(制止症状と言います)。
症状が重くなると、話すことも出来ず、寝たきりになる場合もあります。当初は、焦った気持ちを落ち着かせるために過食になりますが、症状が進むと、おいしいものを食べたいという気持ちがなくなり、食べてもおいしいと感じられず、食欲の低下から体重が減少することもあります。 抑うつ気分が続くと、自信が持てず、自己評価も低下しがちです。
自分は役に立たない人間だ、皆に申し訳ないという気持ちが起こり、自分を責めがちになります。自責感が強くなると、消えてなくなりたいなど自殺念慮が起こることもあります。うつ病と診断する上で、これらの症状が2週間以上続いていることが必要です。
一時的に気持ちが落ち込んでいるだけでは、うつ病とは言えません。うつ症状が続いている状態を「うつ状態」と呼びます。
DSM-5による診断が標準的となる前は、うつ病を原因によって3種類に分ける捉え方が広く用いられてきました。
・心理的原因によって起こる場合(心因性うつ病)
・素因を持っている場合(内因性うつ病)
・身体疾患や薬物などが原因の場合(身体因性うつ病)
伝統的にこのような分類法が用いられてきた理由は、タイプによって最適な治療方針が異なるためです。
心因性うつ病は、神経症性のうつ病(抑うつ神経症)とも言われ、環境要因としての体験にともなう心理・性格反応と考えられています。
性格的な要因をもつ状態で、何らかの環境要因(ストレス)が働きかけて、無意識レベルでの心理的な葛藤が生み出され、不安が高まり、うつ発症の準備段階が作られます。その状態で、さらにストレスが高まる何らかの出来事をきっかけにうつ症状が出現します。
長期間の心理的ストレスが原因で起こる場合を「疲弊性のうつ病」、突然の出来事によるストレスが引き金になって起こる場合を「反応性のうつ病」と呼ぶこともあります。
日常生活における出来事のストレス度について、結婚を50とし、それを基準に被験者が0〜100の数値で自己評価した値をもとに作られたストレス評価尺度があります。ライフイベント法とも呼び、出来事が数値化されており、ストレスレベルの推定に便利です。
日常生活の出来事 | 相対的ストレス度 | 日常生活の出来事 | 相対的ストレス度 |
---|---|---|---|
配偶者の死 | 100点 | 家族の健康の変化 | 44点 |
離婚 | 73 | 妊娠 | 40 |
夫婦別居 | 65 | 仕事の変化 | 39 |
近親者の死 | 63 | 親友の死 | 37 |
傷害・疾患 | 53 | 転職 | 36 |
結婚 | 50 | 100万以上の借金 | 31 |
失職 | 47 | 子供の家庭離れ | 29 |
退職 | 45 | 上司とのトラブル | 23 |
配偶者への忍従 | 45 | 転居 | 20 |
これらの環境ストレスの程度と、個人の性格特性(ストレス耐性)の組み合わせによって心因性うつ病が生じると考えられています。
発症の背景に心理的な葛藤が存在することが多いため、その解消が治療において重要です。環境面での調整によりストレス軽減が可能であれば優先されます。 心理的な葛藤が無意識領域に抑圧されている場合も多く、カウンセリング等を通して葛藤を表面化し、意識上で自覚できるようになることで抑圧が解消され、情緒面を整理されて症状の改善につながる場合があります。 一方、内因性うつ病は、素因として脳に何らかの機能異常を伴うとされます。
日本では、メランコリー親和型の性格が、内因性うつ病のリスクになると考えられています。このタイプは、秩序を重んじる、几帳面、他者配慮、完璧主義といった特徴が強く、協調性があり、勤勉な態度から周囲の評価も高いものの、環境の変化に柔軟に対応することが苦手とされています。 転勤や昇進、家族成員の異動などにより生活状況が変化し、これまでと違う役割が求められる状況にうまく適応出来ず、一方で他者に気を使って負荷が増え、完璧を追い求める結果、負荷が自分の許容範囲を超えてしまい、うつ病の発症につながると考えられています。
このタイプでは、セロトニンなど脳内物質のバランスの異常を伴うと考えられており、抗うつ薬によって回復しやすいものの、うつ病を再発する場合が多いとされます。初めてうつ病を発症した場合には、内因性との診断は保留にされますが、再発を繰り返す場合、内因性うつ病の可能性が高いと考えられます。
最後に外因性うつ病では、身体の病気や薬物により、うつ病に似た精神症状を呈します。具体的には、中枢神経系疾患であるパーキンソン病や脳血管障害、身体の病気として甲状腺機能低下症や内分泌疾患(クッシング病)、自己免疫疾患(全身性エリテマトーデス)などが挙げられます。医薬品の中では、インターフェロン製剤やステロイドがうつ症状を引き起こしやすいと言われます。禁煙に使われるチャンピックスも、うつ症状を引き起こす場合があります。 うつ症状を自覚した場合は、血液検査などで身体的な病気の可能性を除外することが大切です。
もし疾患が見つかった場合は、その治療が優先されます。近年、発達障害、特にアスペルガー症候群(ASD)などの高機能広汎性発達障害や、注意欠陥多動性障害(ADHD)とうつ病が併存しやすいことが分かってきました。うつ症状を認める場合は、発達障害の特性を持つ可能性についても診察を受けることをお勧めいたします。
適応障害は、はっきりとしたストレス要因(出来事)をきっかけに、3ヶ月以内に気分の落ち込みや不安などを発症した場合に診断されます。
適応障害では、気分の落ち込みは、うつ病ほど症状が重い必要はありません。主な症状が不安感だけの場合もあります。
ただし、気分の不調によって仕事や家事ができないなど、社会的、家庭的役割の遂行が困難になっていることが、診断に必要です。気分の落ち込みがあっても、社会的役割が果たせない位に重くなければ、適応障害とは診断されません。
適応障害の場合、ストレス要因が解消すれば、6ヶ月以内に症状は回復するとされています。
うつ病やパニック障害へと重症化することを避けることが大切ですので、可能な限りストレス要因を除去し、ストレスが避けられない場合は、適応的な対処法を習得することが大切です。
うつ病の治療経過を記載する場合は、反応、寛解、回復という用語が使われます。
「反応」とは、治療によって症状が改善(50%以上)したことを示します。
「寛解」とは、症状がほとんどなくなった状態を示します。
「回復」とは、寛解の状態が2ヶ月以上続いた状態です。
うつ病が悪化した場合に使われる用語として、再燃と再発があります。
「再燃」は、治療に反応して良くなりかけた時に、症状が悪化した場合のことを指します。寛解したものの、2ヶ月以内に症状が悪化した場合も再燃と呼びます。
「再発」は、寛解して2ヶ月以上無症状だったものの、その後、うつ症状が発症した場合を指します。
次にうつ病の典型的な経過を説明します。まず、未治療の場合、1年後の自然経過は、約4割が寛解し、約2割が反応して改善します。残る4割の方では反応を認めず、うつ状態が続くと言われています。
一方、抗うつ薬を用いた治療を行うことで、5〜7割の方が反応し、8週間の治療によって、反応を示した方の6〜7割が寛解に至ると言われています。この点から、うつ病を発症した場合、まず8週間はしっかりと治療を受けることが大切です。
全体として見ると、うつ病を発症した方の5割は寛解し、その後、うつ病を再発することがないと言われています。 4割位の方が、寛解するもののしばらくして再発に至ります。寛解しても、不安感が強く、社会的な回避行動を伴う場合、再発リスクが高まると言われています。1割位の方が寛解に至らず、改善と再燃を繰り返す慢性的な経過をたどるようです。
再発した場合、うつ症状は前回よりも重症化し、治療抵抗性になる傾向があります。うつ状態の期間も長くなり、次に寛解に至っても、また短期間で再発するなど、慢性のうつ病に推移するリスクが高まると言われています。初めて発症した時点では、心理社会的なストレスが関与していることが多いものの、再発を繰り返すと、ストレス要因がなくても再発する傾向ができるようです。
再発を避けるために、初発時にしっかりとした治療を受けて、完全に寛解した状態になるまで回復することが第一です。そして、再発を避けるために心理的ストレスの把握と解消法を見定めていくことが大切です。
気分の落ち込みはあるものの、抑うつ症状は、うつ病と診断するほど重くない。そして、日常生活もなんとか出来ているが、気分の落ち込みや絶望感、やる気が起きない感覚が何ヶ月も続いている。このような状態の場合、持続性抑うつ障害の可能性があります。気分変調症とも呼ばれます。この病気は、2年以上にわたって、抑うつ気分のある日が多く、しかし、症状はうつ病ほど重くない状態です。
治療によって気分変調症が回復する割合は、半年で2割、3年で4割、5年で5割程度と言われています。ただ、回復した方の4割が再発し、気分変調症の7割の方はうつ病へと重症化すると言われています。
うつ病の場合、回復すると再発しない場合も多いのに対して、気分変調症の場合、長期的には、うつ症状が悪化して日常生活や仕事が困難になることや、入院が必要になる場合も多く、予後が良いとは言えない状況です。
うつ病では、うつ状態のみ起こるのに対して、双極性障害では、うつ状態と躁状態の両方が起こります。躁状態の特徴は、気分が高揚する、自己評価が高まる、開放的になる、怒りっぽくなるといった気分の変化に加えて、睡眠時間が減る、会話が増える、浪費するなど、気力や活動性の増加を認めます。
そのような状態が1日の大半を占めて、少なくとも1週間以上続きます。症状が重く、職業や学業などの社会的活動が難しくなり、入院が必要なこともあります。このような躁状態があると、双極性障害I型と呼ばれます。 一方、躁状態の期間が4日間と短く、社会的な問題を起こすほどではない場合、軽度の躁状態と言われます。軽度の躁状態に加えて、うつ状態がある場合、双極性障害II型と呼ばれます。
双極性障害の場合、躁状態やうつ状態の期間が1回限りの場合はまれで、再発を繰り返す方が9割以上と言われています。
また、うつ状態の期間が、躁状態の期間よりも長いため、双極性障害と診断されず、うつ病と診断される場合もあります。うつ状態になる前に、元気が良すぎて、何日も睡眠時間が短い状態で活動し続けた時期があれば、双極性障害の可能性があります。
うつ病か、双極性障害かの区別が重要であるのは、治療薬が異なるためです。うつ病に抗うつ薬が有効であるのに対して、双極性障害に対しては、気分安定薬を用いた治療が標準的です。
うつ病は回復すれば、約半数は再発することがないものの、双極性障害では、放置すれば、大部分の人がうつや躁を繰り返すことになります。予防的な気分安定薬の服用が大切です。
うつ病の診断には、抑うつ気分か、興味又は喜びの喪失のいずれかが必須であり、実際、「すべての活動に対する興味や喜びの喪失」を認める場合が典型的です。何か楽しい刺激があったからといって、気分が良くなることはほとんどありません。逆に、自分を責めてしまう罪責感が続きます。このような特徴は、メランコリア型のうつ病と言われます。
一方で、気分は落ち込んでいるものの、楽しい出来事があると気分が明るくなるという「気分の反応性」を認める場合があります。この場合、非定型うつ病の可能性があります。非定型うつ病の場合、「気分の反応性」に加えて、下の4項目の2項目以上が当てはまります。 食欲・体重の増加 過眠 手足が鉛のように重く感じられる他者の拒絶的言動に対する過敏メランコリア型と非定型型のうつ病の違いを生み出す原因の一つとして、視床下部-下垂体-副腎系(HPA系)を介した内分泌反応の違いが一因とされています。
ストレス負荷により視床下部から副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)が分泌されると下垂体前葉からの副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌が促進されます。ACTHは副腎皮質を刺激し、コルチゾールの分泌を促進します。コルチゾールは負のフィードバックによって視床下部や下垂体の活性を抑えます。
メランコリア型うつ病では、ストレス刺激によってHPA系が活性化し、コルチゾールが高い状態になります。一方で、負のフィードバック機構が正常に働かなくなり、結果的にコルチゾールが高い状態が続きます。
一方、非定型型うつ病ではHPA系の活性が低下し、CRHの分泌が落ちる結果、血中のコルチゾールの量も低下します。HPA系の活性低下は、慢性疲労症候群でも起こることが知られており、両者の病態に類似性があると考えられています。
非定型うつ病でHPA系のバランスが崩れる原因はよく分かっていませんが、神経伝達物質に関しては、非定型うつ病では、ノルアドレナリン系よりもセロトニン系の障害の寄与が大きいようです。治療は、三環系抗うつ薬よりもSSRIやSNRIの方が効果的であることが報告されています。抗うつ薬を用いた治療を2ヶ月程度行うことで、5〜7割の方が反応を示すと言われています。