不安を抑える薬は、抗不安薬や精神安定剤などと呼ばれています。ほとんどの薬剤がベンゾジアゼピン骨格をもち、ベンゾジアゼピン受容体を刺激する作用をもつことから、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬と呼ばれます。
ベンゾジアゼピン系の抗不安薬は、抗不安作用だけでなく、鎮静・催眠作用、筋弛緩作用をあわせ持っています。
鎮静・催眠作用が強い薬は、睡眠薬としても使うことができますし、筋弛緩作用が強い薬は、頭痛や体の緊張をほぐす効果も期待できます。
抗不安作用の強さに加えて、使う場合に大切になるのが、何分位で薬が効き始めるのか、そして、どれくらいの時間、薬が効いているかという効果の持続時間です。
その目安になるのが、血液中で薬の濃度が半分になる時間:半減期です。
半減期の長さによって、短時間型、中時間型、長時間型に分けられます。
それでは、それぞれの薬を見ていきましょう。ここでは、薬の名前を分かりやすくするために、商品名を記載しています。
表は横にスライドできます。
成分 | ピーク | 半減期 | 抗不安 | 催眠 | 筋弛緩 | |
---|---|---|---|---|---|---|
グランダキシン | トフィソパム | 1時間 | 1時間 | + | ± | ー |
リーゼ | クロチアゼパム | 1時間 | 6時間 | ++ |
+ |
± |
デパス | エチゾラム | 3時間 | 6時間 | +++ | +++ | ++ |
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成分 | ピーク | 半減期 | 抗不安 | 催眠 | 筋弛緩 | |
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ワイパックス | ロラゼパム | 1時間 | 1時間 | + | ± | ー |
ソラナックス | アルプラゾラム | 1時間 | 6時間 | ++ |
+ |
± |
レキソタン セニラン |
ブロマゼパム | 3時間 | 6時間 | +++ | +++ | ++ |
バランス | コントール | 3時間 | 10時間 | ++ | +++ | + |
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成分 | ピーク | 半減期 | 抗不安 | 催眠 | 筋弛緩 | |
---|---|---|---|---|---|---|
メイラックス | ロフラゼプ酸エチル | 1時間 | 122時間 | ++ | + | ± |
セパゾン | クロキサゾラム | 1時間 | 65時間 | +++ |
+ |
+ |
セルシン |
ジアゼパム | 1時間 | 54時間 | ++ | +++ | +++ |
リボトリール |
ランドセン | 2時間 | 27時間 | +++ | +++ | ++ |
パニック発作など、強い不安が急に起こる場合には、短時間や中時間作用型の薬を選び、不安感が長く続く場合には、中時間や長時間型の薬が勧められます。
なお、ベンゾジアゼピン系でない抗不安薬として、セロトニン受容体に作用するセディールという薬があります。
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成分 | ピーク | 半減期 | 抗不安 | 催眠 | 筋弛緩 | |
---|---|---|---|---|---|---|
セディール | タンドスピロンクエン酸塩 | 1時間 | 1時間 | + | ± | ー |
ベンゾジアゼピン系の抗不安薬よりも、効果の実感に時間がかかり、また抗不安効果も弱いという短所があります。
不安感が軽度である場合や、高齢の方など、ベンゾジアゼピン系抗不安薬による筋弛緩効果の副作用を避ける場合などに利用されます。
ベンゾジアゼピン系の抗不安薬の一番の長所は、効果がすぐに現れて、効き目を実感しやすいことです。
眠気を伴うことが多いものの、重い副作用がないことも使いやすい理由です。
動悸が治まらなかったり、呼吸が苦しくなったり、めまいがひどい場合など、パニック症状が強いときには、できるだけ早急に抗不安薬で症状を抑える必要があります。
パニック発作を経験すると、また、あの恐ろしい発作がまた起きるのではないかという予期不安が起こります。
そして、発作を繰り返すことで予期不安がさらに強くなり、行動が制限されてしまいます。
薬を使って症状が治まることが分かると、予期不安が和らぎ、徐々に落ち着いた気分と生活を取り戻すことができるようになります。
薬の使用頻度が適切であれば、2年以上に渡って使い続けたとしても、効果が持続すると報告されています。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、不安を抑える作用以外にも、催眠作用と筋弛緩作用を併せ持ちますので、副作用につながることがあります。
催眠作用が強い薬を日中に使うと、眠気がおこりますし、就寝前に服用しても朝に眠気が残ることもあります。こうした場合は、催眠作用が弱い薬に変えた方がよいでしょう。
また、筋弛緩作用によって、体に力が入りにくくなることもあります。特に高齢者の方では、長時間作用型を使うことで転倒や骨折のリスクが高まることが知られていますので、短時間型や中時間型が勧められます。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は効果を感じやすいという長所がある反面、必要以上に使う頻度が増えてしまうと、耐性ができることもあります。
そして薬をやめる時に、不安が強まって焦燥感が出たり、不眠症を伴ったりと、退薬症状が起こることがあります。短時間型を急に減らすと退薬症状のリスクが高まりますので、減薬の際は、中時間・長時間型をゆっくり減らしていくことが望ましいです。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、パニック症状の急性期の症状を抑えるには効果的ですが、耐性や退薬症状の問題がありますので、長期的な使用が必要な場合は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を使っていくことをお勧めします。
妊娠時の服用による催奇形性については、統一した見解は得られていないものの、妊娠3ヶ月までのベンゾジアゼピン系抗不安薬の服用により、口唇口蓋裂のリスクを高める可能性があるようです。
とはいえ、そのリスクも0.7%かそれ以下と言われています(妊娠での一般的なリスクは0.2%程度です)。
授乳中での服用については、大人と同様の副作用、つまり、眠気や体の緊張の低下が赤ちゃんに起こる可能性があります。
また、薬を急にやめると、退薬症状として落ち着きのなさや不眠症状が起こる可能性があります。 服用が避けられない場合は、退薬症状を防ぐために、数週間かけて徐々に薬の服用量を減らしていくと良いでしょう。
では、そもそも、どうしてベンゾジアゼピン系抗不安薬を使うと、不安が治まるのでしょうか?
まず不安やパニック症状が起こるメカニズムを説明します。 不安反応は、差し迫った危険を知らせる信号であり、危険を回避して、適応的な行動を取る上で大切な役割を担っています。
同じ状況に直面しても、不安を感じる人と、そうでない人がいます。この違いは、出来事に対する脳の情報処理が異なるからです。 脳の中で不安感を生み出すのが扁桃体です。不安を感じる状況で、扁桃体が活性化します。
実際、扁桃体が障害を受けると、不安を感じなくなることが分かっています。
海馬から過去の記憶がよみがえり、その情報に基づいて、前頭葉が状況に対する判断を行います。それらの情報が扁桃体に伝わって不安、恐怖と判断されると、扁桃体を含む大脳辺縁系で不安や恐怖の感情が起こります。
不安反応は、緊張や怯えなどの心理・感情的な反応と、動悸・発汗のような身体的な反応という2つの要素から成り立っています。
活性化した扁桃体は脳の様々な部分に刺激を送り、身体反応を引き起こします。
脳幹の青斑核(Locus coeruleus)はノルアドレナリンを分泌し、交感神経を活性化して、心拍数の増加(動悸)や発汗を引き起こします。
視床下部への刺激は、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を促し、血圧上昇や覚醒作用(不眠症状)などの長期的なストレス応答を誘発します。
橋結合腕傍核(parabrachial nuclei)への刺激は、呼吸リズムの乱れを引き起こし、息苦しい感覚が生じます。
水道周囲灰白質(periaqueductal gray)へ刺激が伝わると、すくみ反応(フリージング)や回避行動が起こります。
つまり、扁桃体が活性化して、脳のさまざまな領域に刺激を起こることが、不安感やパニック症状の原因といえます。
それでは、ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、どのようにして扁桃体の反応を抑えるのでしょうか?
まず、扁桃体の構造を見てみましょう。
扁桃体は、基底外側部(basolateral)と中心部(central)からできています。 基底外側部の神経細胞は、前頭葉や海馬など脳の様々な領域から情報を受け取り、中心部の神経細胞へ刺激を伝えます。
そして、中心部の神経細胞が、上述した領域に刺激を送り、不安感とパニック症状を引き起こします。 扁桃体の中には、不安を生み出す神経ネットワークを抑える抑制性の神経細胞(ニューロン)も存在します。 抑制性のニューロンは、GABAを放出することで、不安のネットワークを構成する神経細胞の働きを抑えます。
ベンゾジアゼピン系薬剤は、GABA受容体に結合することで、GABAの作用を増強して、神経細胞の活性を抑えます。特に基底外側部の神経細胞にGABA受容体が多く認められます。
ベンゾジアゼピン系薬剤が神経細胞の活性を抑える結果、不安のネットワークを構成する神経細胞の活性を抑えることができます。
扁桃体の神経細胞の活性をダイレクトに抑制できることが、ベンゾジアゼピン系抗不安薬が、不安やパニック症状を抑えるメカニズムです。
ただし、GABA受容体は、扁桃体だけではなく、脳の他の部分にも存在します。それらの受容体に作用して、脳全体の神経細胞の働きを抑える結果、眠気や筋弛緩効果などの副作用が出てしまいます。
副作用を減らすには、扁桃体の神経細胞だけ抑えれば良いわけですから、現在、扁桃体にだけ存在するGABA受容体のサブタイプに作用する薬剤の開発が進められているそうです。
ベンゾジアゼピン系の薬剤が認知症を引き起こすリスクが報道されて、抗不安薬や睡眠薬を使うことで、認知症になるのではないかと心配される方がいらっしゃいます。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬の服用と認知症との関連性を調べた研究によると、関連性があるという報告と、関連を認めないという報告が混在しており、統一した見解は得られていません(He et al., J Clin Neurology 2019)。相対リスクも変化がないという報告から、最大で2倍位に上がるという報告もあります。
認知症のリスクを高めるという報告によると、具体的な使用状況として、半減期が20時間以上の長時間作用型の薬剤を3年以上使っている場合に、リスクが高まるようです。
なるべく短時間や中時間型の薬剤を選び、必要に応じて最低限の使用にとどめることが大切です。
ベンゾジアゼピンがどのように認知機能を低下させるのか、そのメカニズムはよく分かっておりません。可能性として、ベンゾジアゼピンがアミロイド蓄積に関与する酵素活性を阻害することや、アミロイド蓄積部分に存在するアストロサイトの機能を悪化させること可能性などが提唱されているようです。
もし抗不安薬が手放せず、毎日何度も服用しているような場合は、認知症のリスクを最小限に減らす意味でも、セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)の利用を積極的に考えてみて下さい。
抗不安薬だけでなく、睡眠薬の多くもベンゾジアゼピン系の薬剤に属していますが、依存性が生じることを心配される方も多いです。
薬物依存症とは、麻薬やシンナーなどを代表に、薬物を繰り返し使いたいという気持ちに駆られ、使わないと不快になる、やめようと思ってもやめられない状態です。
薬物依存には、脳の線条体などで、快楽ホルモン:ドーパミンの放出が高まることが関与しています。ドーパミンの放出は、その体験を強い快楽の経験として脳に記憶させます。
そして、もう一度その経験をしたいと行動に駆り立てます。 実際、依存の代表である喫煙では、タバコに含まれるニコチンが、ドーパミン放出ニューロンの受容体に結合して、ドーパミンの放出を引き起こすことが分かっています。
それでは、ベンゾジアゼピン系抗不安薬はどうでしょうか。 ベンゾジアゼピン系の薬剤が、直接ドーパミン放出ニューロンに作用するという報告はありません。ただ、脳の腹側被蓋野という領域で、ドーパミン放出ニューロンに、抑制性ニューロンが投射しており、ベンゾジアゼピンによって、抑制性ニューロンが抑えられる結果、二次的にドーパミンの分泌が高まる可能性が報告されています(Tan et al., Nature 2010)。
そのような可能性はあるものの、実際には、快刺激を求めるという意味で積極的にベンゾジアゼピン系薬剤を常用する依存は起こりにくいと考えられています。むしろ薬剤耐性の獲得と退薬症状の辛さが、薬をやめられない原因となるようです。
ベンゾジアゼピン系薬剤により、GABAによる神経抑制が強まりますが、脳は、ホメオスターシス(恒常性)を保とうと、GABA受容体の活性を落としたり、神経細胞の活動性を高めたりします。その結果、耐性ができています。
耐性の獲得に伴って、だんだん薬が効きにくくなってきます。 眠気に対する耐性は短期間で獲得され、筋弛緩効果への耐性は数週間で出てきます。
そして、大量の常用が4ヶ月も続くと、抗不安効果は、使い始めた頃よりもかなり低下してしまうと考えられています。 一方で、耐性の獲得に伴って、脳は過敏になっています。脳の過敏性には気づかないため、いざ薬を減らそうとすると、不安感や焦燥感の高まり、不眠症、ひどい場合には痙攣発作が起こる場合さえあります。
これらの不快な退薬症状の出現を避けるために、薬がやめられない状態になってしまいます。 このような耐性は、必要に応じて薬を頓服的に使う程度ならば起こりにくいと言えます。
もし長期間にわたってベンゾジアゼピン系薬剤を連用している場合は、セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)の使用を積極的に考えることをおすすめいたします。