月経前症候群(premenstrual syndrome:PMS)は、月経(生理)が始まる3~10日ほど前から身体や心にいろいろな不快な症状が起こる状態を指します。具体的には次のような症状が挙げられます。
・気分の変化(イライラ感、落ち込み感、突然変わりやすい気分、不安感)
・集中力の低下、睡眠障害、食欲の変化
・お腹が張った感じ、胸部の圧痛、体重増加、体の腫れ、体の痛み
これらの症状は月経の開始とともに弱まったりなくなったりします。上記の症状が一つでも当てはまれば、月経前症候群(PMS)と診断されます。PMSの診断にあたって、気分の変化は必須ではなく、身体の症状だけでも診断されます。
PMSの症状の一つである気分の変化は、月経前不快気分とも呼ばれます。
通常、気分の変化は軽症で一過性であり、月経周期の中で数回に1度起こる程度です。
一方で、気分の変化が、月経周期のほぼ毎回に認められ、心理的な辛さが強く、学業や仕事、または家事などの日常生活に支障となっている場合は、月経前不快気分障害(PMDD)の可能性があります。 診断の基準としては、次の11の症状のうち5つ以上が、2回以上の月経周期にわたって存在し、日常生活や社会生活に支障が生じていることが挙げられます。
1.情緒不安定(急に悲しくなる、涙が出る)
2.いらだち、怒り、対人関係トラブルの増加
3.落ち込み感、絶望感、自己否定感
4.不安感、緊張感、爆発しそうな感じ
5.興味の喪失(仕事や趣味、学業、交友関係)
6.集中力の低下
7.無気力感、疲れやすさ
8.食欲の変化(過食、特定の食べ物への強い欲求)
9.睡眠状態の変化(過眠や不眠)
10.圧倒される感覚、自分がコントロールできなくなる感覚
11.頭痛、関節痛、筋肉痛、膨満感、体重増加
PMDDの発症には、神経伝達物質であるGABA(ギャバ)のバランスが崩れることが関与すると考えられています。GABAを分泌する神経細胞(ニューロン)は脳全体に存在します。
特に脳の扁桃体に存在するGABA分泌ニューロンは、扁桃体の興奮を抑制して、不安感を抑える上で重要な役割を担っています。
月経が近づくにつれて、黄体期に増加していたプロゲステロン(黄体ホルモン)が減少していきます。脳の松果体で、プロゲステロンからアロプレグナノロン(allopregnanolone:ALLO)が合成されます。アロプレグナノロン(ALLO)は、神経細胞のGABA受容体に結合して、GABAの作用を高めることで、不安を抑える効果があります。
黄体期後半にプロゲステロンが減少していくと、アロプレグナノロン(ALLO)も減少します。
すると、GABAによる不安の抑制効果が不十分になり、イライラ感や不安感などが出現すると考えられています。
通常、月経が近づくにつれて、プロゲステロンの量は1週間程度で徐々に低下していきます。
しかし、PMDDの症状が強い場合、プロゲステロンは、月経前の数日で急激に減少することが報告されています。その結果、アロプレグナノロン(ALLO)の量が不安定になり、イライラ感や不安感が強く感じられるのではないかと考えられています。
また、ストレスもPMDDを増悪させると言われています。このプロセスには、視床下部—下垂体—卵巣系(HPG経路)が関与すると考えられています。 プロゲステロンやエストロゲンなどの性ホルモンの調節は、視床下部—下垂体—卵巣系(HPG経路)によって調節されています。視床下部でゴナドトロピン放出因子(GnRH)が作られて、下垂体のゴナドトロピン分泌細胞に働きかけて、黄体形成ホルモン(LH)と卵胞刺激ホルモン(FSH)の分泌を制御します。これらのホルモンのバランスによって、排卵が起こり、卵巣でエストロゲンとプロゲステロンが適切な量で作り出されます。
更年期には、卵巣機能の低下によりHPG経路の乱れが生じ、視床下部の活性が高まる結果、ホットフラッシュなどの血管運動神経症状、イライラ、落ち込み、不安、不眠などの精神症状が出現します。これらの症状の一部はPMDDと共通しています。PMDDでは、ストレスによって扁桃体が活性化して、視床下部の働きが乱れた結果、ホルモンバランスに異常が生じると考えられます。 プロゲステロンの量が安定することがPMDDの予防につながりますので、ホルモンバランスを整えるためにも、十分な睡眠をとり、リラックスする時間を作ってストレスを緩和することが大切です。
PMDDの治療の第一選択は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)です。
SSRIの中でも下記の薬剤についてPMDDに対する治療効果が示されています。
成分 | 薬剤名 |
---|---|
セルトラリン | ジェイゾロフト |
エスシタロプラム | レクサプロ |
パロキセチン | パキシル |
PMDDに対するSSRIの服用は、継続的な内服、または黄体期の2週間にわたって服用することで最大の効果が得られますが、PMDDの症状が強まる月経直前の6日間程度、服用するだけでも効果があります。特にイライラや怒りの感情などを抑える効果があります。
SSRIの服用量については、うつ病などの治療に比べて、低用量で効果があります。上記のSSRIの中では、副作用や離脱症状の少なさから、ジェイゾロフト(セルトラリン)が選択される場合が多いようです。
SSRIの働きは、シナプスでのセロトニンの再取り込みを阻害して、セロトニン濃度を高めることです。SSRIはうつ病やパニック障害にも効果があり、それらの治療の場合、セロトニンの濃度が治療有効レベルに達するまでに時間がかかるため、効果を感じられるまでに2〜4週間かかります。
一方、PMDDの治療では、SSRIは即効性があり、約8割の方で投与開始から1〜3日以内に、症状の軽減が認められます。 PMDDにSSRIが即効性をもつ理由として、セロトニンは治療効果に直接関係がなく、むしろ、アロプレグナノロン(ALLO)を高めるためだと考えられています。
SSRIは、ALLOの産生に関与する酵素3-α hydroxysteroid dehydrogenase(3α-HSD)の活性を高めて、プロゲステロンの代謝産物である5α-dihydroprogesterone(5α-DHP)のアロプレグナノロン(ALLO)への変換を促進します。その結果、アロプレグナノロン(ALLO)の量を増やします。アロプレグナノロン(ALLO)は、GABA受容体に結合し、不安感を抑えて、気分を安定させます。
PMDDに対するSSRI以外の治療法として、漢方薬の有効性も報告されています。月経前症状は東洋医学的には瘀血を基本として、気の流れが滞った状態が加わると考えられます。加味逍遥散を使う場合が多いですが、ほかに、当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、抑肝散加陳皮半夏、桃核承気湯なども使われます。それぞれの漢方の使い分けを参考にして下さい。
熱を抑えて、気の流れを良くする働きがあり、怒って顔が赤くなる、イライラするなどの精神症状に有効です。
のぼせや便秘などの身体症状にも効果があります。ストレスを溜め込みやすい人に向いています。体力は中程度の中間証の方向けです。
血流を良くして冷え性を改善し、痛みを抑え、むくみを改善するなど、特に身体症状に効果があります。
体力が低下して疲れやすい方(虚証)に、体を温めながら症状を良くしていく効果があります。
肩こりやのぼせがある一方で、足の冷えがあるなど、体の血の巡りが悪い時に効果があります。
血行を良くして熱のバランスを整えます。月経時の身体症状が強い場合(月経困難症)には特に有効です。体力は中程度(中間証)の方に向いています。
ストレスによる緊張感やイライラを抑え、神経を鎮めます。まぶたの震えなどの神経の興奮や不眠症にも効果があります。
加味逍遥散と比べて、イライラすると顔色が青くなるような神経過敏のタイプの方に向いています。
加味逍遥散に近い作用をもち、便秘がちで、イライラが強い場合に有効です。
体が強く体力がある方(実証)に向いています。